2011年08月21日

福岡・八女の地酒「繁桝」

 夏の盛り、福岡・八女市の地酒「繁桝」の酒蔵を訪ねた。

 鹿児島の親戚に会いに行き、その帰り九州新幹線・筑後舟小屋という駅に下り立った。

 今年三月に開通したばかりの新幹線、筑後舟小屋は人気がなく下車したのは私達夫婦ともう一人だけ。構内の売店は閉まり、田んぼの真ん中にポツンと立つ駅周辺には食堂すらない。駅の中かすぐ外で昼食にしようと思っていたあてがはずれ、一瞬とまどった。

 新幹線と並行して走る鹿児島本線・舟小屋駅がすぐ傍にある。

 「ここら辺りで食事する所はありませんか。『繁桝』の酒蔵まで行きたいのですが、そこまで行った方がよろしいか?」暇そうにしていた改札室の駅員さんに尋ねた。

 「ここは、何もなかですよ。そちらへ行った方がよかです。」駅員さんは迷わず答えた。

 タクシーに乗る。

 親切な運転手さんは、酒蔵近くの食堂まで私達を乗せ、蔵を出るまで私達を待っていてくれるという。

 「一日に一人か二人乗せるぐらいですから駅に戻ってもいっしょなんです」

 タクシーの運転手はポツリとつぶやいた。

 食堂で食事をしていると酒蔵の高橋商店の奥さんから電話がかかってきた。約束の1時半が過ぎている。

 蔵の入口の前で高橋商店の男女お二人が待っておられ、私達を出迎えて下さった。

 事務所で来意を告げ、工場長で杜氏でもある池松さんとしばらく話をし、蔵を案内してもらった。

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 「享保2年(1717)創業の蔵です。『繁桝』の名の由来は、創業者が高橋繁二郎といい、『益々繁盛』とを掛けて名付けたんです」

 池松さんが私達を蔵に案内しながら、さっきから聞きたかったことを説明された。

 「お酒を仕込む時には、13人の職人が全て泊まり込んで朝3時半から酒造りをします。酒蔵の床を染め直し、天井や柱も柿渋で塗り替えるんです。大体二千石の米を仕込みます。」

 柿渋塗りの蔵の太い柱や棟木が黒く光っている。蔵の中には幾つものタンクがあり、敷地もかなり広い。

 「酒の味を一定にするため、二回瓶詰めをします」次々に蔵を案内しながら池松さんが説明する。

 帰りの時間が気になり出したところで蔵の奥の部屋に案内された。蔵で造っている数々の銘柄の酒が10本程横一列に並べてあった。

 前もって来訪を告げていたので準備しておいて頂いたと思われる。

 端の酒から池松さんは次々に試飲グラスに酒をつぎ、私達に勧める。

 「一気にこんなたくさん飲むと酔っ払うので少しずつで結構です」

 妻はお構いなしにつがれた酒をグイグイと飲んでいる。

 「うちのお酒は、日本航空の国際線ファーストクラスで全国で初めて採用されました。平成元年です。『箱入娘』というお酒です。」

 「箱入娘」も並べてあったので一口飲んだ。

 「繁桝」と同様、香りがあって美味しい。「繁桝」はいつも行く大阪 福島区野田の居酒屋「神水」で初めて飲んだ。香りが良くキレのいいスッキリした酒である。

 「純米吟醸と特別純米の四合瓶を下さい。」帰りの時刻が近づいたので二本注文した。

 「あの、『箱入娘』も一本下さい。お誌様が結婚される方にプレゼントしたいので」。妻が言う。

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 「また、ゆっくりと来て下さい。お待ちしております。」

 池松さんは私達を門の前まで見送って下さった。

 帰る間際さらに追加して買った一合瓶の「繁桝」を今夜泊まる宿で飲もう。

 帰りのタクシーの中でそう思うと、「繁桝」の香りと味が口の中いっぱいにジワリと拡がった。
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2011年08月07日

山形・余目「鯉川酒蔵」

 出会いのきっかけは三年前の夏、山形の旅だった。

 「蝉しぐれ」の作家・藤沢周平の故郷、山形県鶴岡にを訪れ、旅の宿で飲んだ酒が旨かった。ラベルには「鯉川」とあり、酒蔵は、酒田に近い余目「鯉川酒蔵」である。酒田は旅の予定地である。その帰りに余目のこの酒蔵に行ってみよう。妻と「鯉川」を飲みながら話し合った。

 JR「余目」の駅からタクシーに乗り、鯉川酒蔵に向かう。酒蔵で来意を告げると、社長の佐藤一良氏が応対して下さった。佐藤氏は忙しそうに「今から酒蔵の会合で出かけるところですけど、遠くからきてもらったのでわずかな時間ですけど、蔵の案内させてもらいます」と快く蔵見学を引き受けて下さった。

 蔵の中の製造工程を案内した後、佐藤氏は蔵の外に出、「鯉川の酒の米を裏の田んぼで作っています」と言い、我達を蔵の裏手の稲田へと導いた。

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 「これが酒米の亀の尾です。他の米より背が高いでしょう。」と勢いよく伸びる亀の尾の青田を指さした。そして、稲田の穂に実りつつある米粒に愛しげに触れ、「余目出身の阿部亀治が発見した幻の米です。」とつぶやいた。

 静かな感動が身を貫いた。

 その話は尾瀬あきらの「夏子の酒」という漫画で知り、強い感銘を受けていた。「これがその亀の尾か・・・」。目の前に夏の日射しを受けスックと伸びた稲穂にキラキラと輝く亀の尾の米粒があった。

 明治26年9月29日。東北一帯を襲った冷害にやられ、無残な姿をさらす稲田の端に当時、25才の青年農民阿部亀治は、しっかりと実った三本の稲穂を発見する。厳しい冷害に負けず力強く育ったこの三本の稲穂を大事に育て、亀治はその品種を少しずつ増やす努力を続ける。やがて、「亀の尾」と名付けられた逆境に強い米は東北一帯に育ち、「亀の尾」の系統からコシヒカリ、ササニシキなどの良質な米が生まれた。

 創業から250年続く鯉川酒造は、この「亀の尾」を栽培し、蔵の先代、佐藤氏の父は、自ら杜氏として昭和57年、純米酒「亀の尾」を造る。それを息子の一良氏が引き継いだ。彼は今まで働いていた東京の会社を辞め、以来この地で純米酒「亀の尾」造りに全霊を傾けて来られたのだ。彼は、亀の尾にこだわり、それを酒米として酒造りを目指す蔵のネットワーク作りの活動について私達に熱く語った。

 「亀の尾」を見つけた余目の亀治も米作りに熱心な青年農民だったという。なんとか旨くて立派な米を作りたい・・・その思いが「亀の尾」発見につながり、そこから東北の旨い米が育っていった。

 「その旨い米、亀の尾からより旨い純米酒を造りたいのです。」と佐藤氏は時が経つのも忘れ、私達に話された。

 阿部亀治の米作りの情熱が乗り移ったかのように佐藤一良氏は亀の尾の純米酒造りに精魂を傾けている。
 
 余目の地に拡がるこの両者の壮大なロマンに思いを馳せ、目の前の亀の尾の稲田を見つけ続けた。

 「バスがないので」と言い、佐藤氏は駅まで戻るタクシーを呼んで下さった。

 玄関まで見送ってくれた佐藤氏に別れを告げ、蔵を後にする。

 帰りの電車の中で妻は蔵で買い求めた土産の純米酒「阿部亀治」を開け、早くもグビグビと飲み出した。ふと横を見ると、いつのまにか四合瓶が半分程に減っている。

 「もうそれ以上ダメ!」

 妻から瓶を取り上げ旅行鞄の中にしまい込んだ。
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2011年08月06日

大阪・池田の酒「緑一」

 休日の午後、妻と池田を訪れた。

 池田の五月山の麓に吉田酒蔵という蔵があり、そこの銘酒「緑一」を求めての町歩きである。

 阪急池田駅から栄町商店街をぬけて五月山を目指す。妻は池田の大学に通っていたので池田の町が懐かしそうだ。「ここにあった喫茶店はなくなっている。」「あそこのタコヤキ道場で、自分でタコヤキ焼いてん」歩きながらいろいろ教えてくれる。

 池田の酒といえば「呉春」。その蔵が前方に見える。この蔵は一般客に酒は売らない。以前訪れた時、蔵人から聞いた。黒い漆喰塀の重厚な構えの蔵の裏へ回り、池田城跡公園に行く。

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 家に帰ってさっそく緑一の原酒を飲んでみた。

 原酒といっても、そんなに濃い酒といった感じではない。コクがあり、一人で静かに味わうのもまたいいのではないかと思った。

 高台に城の櫓が見える。ここは室町時代から戦国時代にかけて池田一帯を支配していた豪族池田氏の居城跡地を市が公園として整備した観光スポットである。

 櫓に登る。背後に五月山。その麓に拡がる池田の街並みが一望できる。この山城は、織田信長によって滅された。

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能勢街道を猪名川に向かって北西に辿り、川の手前を右に折れた西本町に吉田酒蔵がある。創業元禄十年、三百年間も続く旧い蔵である。蔵の玄関前に古木の桃が今を盛りと咲き乱れている。

 ガラス戸を開け中にはいる。

 「さっき電話を頂いた方ですか?」

 女将とその母と思われるおばあさんが応対した。太い棟木が天井を貫き、中は薄暗い。「吟醸酒は一升瓶で一本あります。今なら、原酒がおいしいですよ。」いろいろな種類の酒を勧めてくれる。「蔵を見せてもらえますか?」「蔵は阪神大震災でほとんど潰れたんです。今はあまり造ってないのです。」

 おばあさんがポツリと言う。

 原酒「春團治」というのもある。一升瓶は思いので、四合瓶の原酒「緑一」を買った。

 能勢街道の街並み案内板で知った「稲束家住宅」に行く。稲束家は、元禄期、問屋、酒造業を営んだ池田有数の商家であった。松村月渓(呉春)・頼山陽などが訪れ、板垣退助も泊まったという。「呉春」の由来を初めて知った。虫籠窓のある切妻屋根の建物が今なお残っている。

 商店街や近代的な建物が目立つが、池田は、古くからの寺院や商家、酒蔵なども所々に残す歴史ある町である。

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posted by yoidore at 21:13| Comment(0) | 連載