2013年04月20日

「伊丹の御免酒『老松』」

 年明けの1月6日、ふと思いたって伊丹を訪れた。駅近くの「柿(かき)衛(のもり)文庫」に行き、そのあと伊丹の酒「白雪」の蔵でも見て帰ろうというくらいの軽い気持ちだった。
 「柿衛文庫」は休館で、すぐ傍にある旧家岡田家を見学した。そこで伊丹の酒造りの歴史を知った。
 伊丹は清酒発祥の地だった。
 戦国武将・山中鹿之助の長男・新六が伊丹の鴻池で清酒の醸造法を発見した。慶長4年(1599年)のことである。彼は作った酒を江戸に送り、大きな利益を得たという。
 江戸時代、両替商として巨万の富を築いた鴻池の先祖が、伊丹出身で、清酒発見者であったのだ。
 江戸の中期、伊丹は池田、灘と並び、酒造りで大いに栄える。文化・文政期には20万樽を越える酒が樽廻船で江戸へ運ばれた。
 岡田家も江戸初期から約300年にわたり大いに栄えた酒蔵であった。
 酒造りで栄えた伊丹に今、酒蔵は二軒しかない。
 「白雪」で有名な小西酒造と老松(おいまつ)酒蔵である。小西酒造は大手のメーカーでよく知られているが、老松酒蔵の存在はあまり知られていない。
 私も老松酒蔵の名は知らなかった。
 岡田家を訪ねた後、老松酒蔵をすぐ近くに見つけた。新しい建物の小さな蔵である。
 「ここ前に友達と来たことがある。もう一度来たかったの」妻はこの蔵を知っていたようだ。
 あいにく老松酒蔵は休みで蔵は閉まっていた。
 そんないきさつがあって20日後、「柿衛文庫」で俳人・坪内稔典氏の講演会があり、それに参加することにした。
 帰りに老松酒蔵に寄ってみようと思った。
 「蔵、開いてたらお酒買って来て」テスト問題作りで忙しそうな妻が声を掛けた。
 土曜日だったが老松酒蔵は開いていた。
店の横に水が湧いている。

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 ビニール製の竹筒から流れ出る湧水があり、その横に水道の蛇口が二本ある。近所の人なのかペットボトルを持った数人が列を作っている。
 店内に入るとすぐ主人が奥から現れた。
 「何か試飲できますか?」
 「初しぼりの試飲ならできます」
 カウンターの4合瓶を飲ませてもらった。爽やかな口当たりで美味しい。
 「江戸時代からの古い蔵なんですね。ずっとここでお酒を造ってるんですか?店の前に江戸時代の名酒番付が貼ってあったんですけど」
 「そうです。うちの蔵は東の大関でした」
 東の大関といえば最高の位置である。
 「伊丹は清酒発祥の地なんですね。昔はたくさんの蔵があったそうですね」
 「今は小西さんとうちの二軒だけになりました。小西さんは大手メーカーですけど、うちは細々とやってるので『老松』もこの伊丹だけに出しています」
 「そんな地酒が好きでいろんな地酒の蔵をまわっています」
 「大手メーカーの酒は誰もが好むような一律な味ですが、地酒はその蔵だけの特別な味わいがあります。そこが地酒のいいところだと思います」
 朴訥(ぼくとつ)な感じのご主人は地酒造りに誇りを持っているような口調で淡々と語られた。
 「老松」は江戸時代「御免酒」と呼ばれた。
 カウンターにその由来を述べたパンフレットがあった。
 「元禄十年(1697年)伊丹の酒屋のうち大手24軒に帯刀が許され、江戸幕府の「官用酒」となり、これを「御免酒」と称しました。「老松」はその御免酒の中でも最も格式が高く、宮中奉納酒として又、将軍の御前酒として特に有名でした」とある。
 「老松」が江戸の昔、東大関に位置していた意味がようやく分かった。
 老木の松のように絶えることなく、清酒発祥の地で息づいてきた名酒なのだ。
 「純米吟醸酒はないのですか?」
 「2月中旬には純米無濾過生原酒が出ます」
 「それそれ!その酒が大好きなんです。そのお酒が出たらまた買いに来ます。今日は純米酒をください」
 今の時代となっては、広く名は知られなくなったが、知る人ぞ知る名酒「老松」を一ヶ月後妻と買いに来るのが楽しみになった。

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2013年01月20日

「丹波路・亀岡・大石酒造」2012・12・10

京都府亀岡の大石酒造を訪れた。
 湯の花温泉の近く、稗田野という田園地帯の中の神社の傍にこの酒蔵がある。
 朝日カルチャー「篠山街道を歩く」の野外講座のコースの中に酒蔵見学が取り入れられていた。
 大石酒造は、家族で湯の花温泉に行った帰りに何度も立ち寄っている。でも酒蔵は何度行っても楽しい。

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 11名の参加者だが、酒蔵では私達を大歓迎してくれた。本館二階の酒造り資料展示室で案内のおじさんから説明を聞く。
 「私共の蔵は元禄年間の創業で300年間、昔ながらの山廃仕込みで酒造りを行っています。『翁鶴』という銘柄で、丹波杜氏を招き、11月から酒造りに入ります。ちょうど今日新酒の初搾りをやっている最中です。よかったら飲んで帰って下さい。他にも『鬼ころし』という生酛原酒もあります。梅酒も他の蔵と違い、うちの蔵は完熟の梅を使い、純米酒で造っています。」
 早く下に降りて、どれもこれも試飲したくなった。
 古い酒蔵の展示室の周りは酒造りの数々の道具が並べてある。中央には大きな酒樽があり、マネキンのイケメン杜氏が酒造りを行っている。テレビの人気番組「探偵ナイトスクープ」で取り上げられた有名なマネキンである。ある女性がこのマネキンを大好きになり、彼に会いに蔵に通っていたが、ある日突然彼が蔵から消えた。大ショックの彼女は探偵ナイトスクープ」の探偵に彼の居場所の捜索を依頼し、彼を何とか見つけ出した。彼は目出たく元の蔵へと復帰したのだ。そのマネキンである。

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 この蔵は温泉帰りのツアー客が立ち寄る観光スポットになっている。イケメンのマネキン杜氏の彼はその後、この蔵の名物となり、店の販売促進の一翼を担っている。
 旧仕込蔵だったという本蔵に行く。

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 試飲コーナーがあり、「翁鶴」の純米大吟醸や、「鬼ころし」、純米の「梅酒」などを次々に試飲した。参加者の酒好きの男性も次々に試飲コーナーに並んだ。
 「あの方が社長です」案内の男性が言う。
 蔵を出ると社長さんも出てこられた。
 「大石酒造は何度も来ています。昔ながらの山廃のお酒おいしいですね」
 「ありがとうございます。いっぱい試飲されましたか?」
 社長さんは気さくな方で、蔵の周囲の山々、隣の稗田野神社の祭事のことなど、いろいろと話して下さった。
 土産に純米大吟醸の一合瓶、完熟純米梅酒を買った。
 参加者達も思い思いの土産を手に提げている。
 冷たい風が吹き渡るなか、篠山街道を歩く。
 さっきの試飲の酒が程よくまわり、いい気分である。
 「街道歩きの途中にこういう酒蔵見学があるとよろしいなぁ」
 隣を歩いている酒好きの年配のおじさんがわたしにそっと語りかけた。
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2013年01月13日

「奈良・香芝の地酒『大倉』」 2012・12・2

 奈良県・香芝市。二上山を真近に望む田園地帯。当麻寺から歩いて30分、鎌田と言う集落に大倉本家醸という古くからの造り酒屋がある。
 「大倉」という旨い地酒に魅せられてその酒蔵を訪ねた。
 近鉄・当麻寺駅傍の食事処で昼食を摂り、女将さんに大倉本家醸への道順を教えてもらった。西に全山紅葉に染まった二上山が真近に見える。勝根という古い集落を抜け、国道168号線を北に向かって歩く。
 「あそこに『キンコ』という煙突が見える」妻が北西方向に酒屋の煙突を見つけた。前もってインターネットで検索し、目印は「キンコ」の煙突と黒い塀と覚えていた。
 田んぼの中の道を通り、鎌田集落に入る。
 正面にイチョウの巨木が聳えている。

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 鎌田天神の小さな社があり、その境内に大イチョウが天を衝くようにびっしりと黄葉していた。
 集落の中の道をしばらく辿ると古い酒蔵が現れた。
 「金鼓」のこも樽が積み上げてある。
 「エッ!『金鼓』の酒蔵?」一瞬「大倉」とは別の酒蔵だと思った。よく見ると「金鼓」の看板の下に「大倉本家醸」とある。庭の向こうに白壁の蔵があり、その玄関口に見慣れた「大倉」の酒瓶が並んでいた。
 「いらっしゃいませ」左の別棟からジーンズ姿の若い女性が走って来た。
 「昨日電話していた者ですが『大倉』の小売りをして頂けますか?」
 「いいですよ。どうぞどうぞ」女性は快く応じ、玄関口に並ぶ7種類の「大倉」の地酒について一つ一つ詳しく説明してくれる。
 「もともと『金鼓』というお酒を造っていたのですが、平成12年から3年間休造し、平成15年に再開しました。『大倉』というお酒はもともとあったんですが、再開してからは無濾過の純米酒だけを造っています。しぼりたてのお酒を瓶貯蔵し、風味のあるお酒にしています」
 「ここの蔵の娘さんですか?」
 「ハイ、私達夫婦と弟で今はやっています」
 「大倉」の造り方やその特性について、娘さんは熱心に語り続けた。
 「幾つか試飲したいのですが」
 「ハイ、どうぞどうぞ」娘さんはすぐさま向かいの蔵へ走り、手に何本かの「大倉」を提げて来た。

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 庭先に折りたたみの木のテーブルを置き、4種類の「大倉」と「濁酒」と2本を一列に並べた。試飲用のグラスに並々とそれぞれのお酒を注ぎ、さし出してくれる。半分ずつ妻と分け合い次々に口に含む。
 「昨夜も地元の居酒屋でこの2本の『大倉』を飲みました」妻が携帯で写した「大倉」の酒瓶の画像を娘さんに差し出した。
 「福島区の『からに』というそば屋でも何度も『大倉』は飲んでます。酸味があってとてもおいしいです」私も続けて言った。
 「エエッ!大阪で『大倉』を置いている居酒屋さんはあまりないのですけど・・・」娘さんは嬉しそうに答える。
 「お二人ともお酒お強いですね」そう言って早いペースでどんどんお酒をついでくれた。
 昨夜飲んだ野田の居酒屋「旬花」のマスターから頼まれていた一升瓶と近所の酒通の知り合いに贈る四合瓶を二種類買った。
 「いろんな酒蔵を巡り、それをエッセーに綴っています。ブログにも出しています。ここの蔵のことも書かせてもらっていいですか?」
 「ぜひ書いてください。読むのを楽しみにしています」娘さんは笑いながら答え、最後に私達の写真を撮ってくれた。

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 「金鼓」は明治8年の創業だという。この二上山の麓で酒造りを始めて100年余り、蔵は代々受継がれ、今、大倉本家は若い世代の娘さん夫婦や弟さんによって再び蘇った。風味と酸味が程よく溶け合った無濾過純米酒「大倉」はこれからも多くの人に愛され続けていくだろう。
 酒蔵を訪れ、「大倉」への魅力が一段と高まった。
posted by yoidore at 12:17| Comment(0) | 連載